2010年07月11日

94

いやはや開設早々1か月も放置するなんてってW杯もう終わるよ!ふじこ!!

……いやー善戦しましたね日本代表(今さらにも程がある)。開会前は2分け1敗ぐらいを予想してました本当すいません。ていうか次期監督ビエルサってマジか超期待。
そんなわけでもう明日未明には決勝ということですが、Twitterであれこれ書いて満足しちゃってる感じなので関連エントリはないままになる可能性大です。嗚呼、当ブログの「日本代表・国際大会」カテゴリが日の目を見るときは来るのだろうか。。

んでまあ、何で94番なのかという話ですねん(この口調は何ですねん)。
僕がベルマーレのユニフォームを買って背番号まで入れたのは2回、どちらも94番です。
もちろんベルマーレのJ元年だった1994年に因んでのことですが(なので田子ちゃんみたいな4桁番号を特注できるなら1994にしたいというのはちょっとある)、僕にとってそれは人一倍大きな意味を持つ数字です。
まあ、第三者から見ればどうでもいいような思い出話です(長いので畳みます)。

小学校の頃の僕は本当にみそっかすでした。勉強もできなかったし、太っていて運動はからきし、いいところなんて一つもありませんでした。それなりにいじめられたし、あまり人生が楽しくなかったような気がします。
Jリーグが始まったのは少6のときでしたが、周りがこれ以上ないぐらい盛り上がり、勝った負けたで大騒ぎしている中でも、僕は見事に取り残されていました。
そして迎えた中学入学。せっかくだから1年遅れだけどJリーグどこか応援しようか、どうせなら新しいチームにするか、でもジュビロは露骨ににわかっぽくて何かヤだな……などと考えて、僕は本当に何気ない気持ちでベルマーレ平塚(当時)のサポーターを自称することにしました。
案の定というか、前半戦のベルマーレはほとんど勝てませんでした。3点取られても4点取るような攻撃サッカーを標榜しつつ、蓋を開けてみると1点しか取れないような体たらく。でも僕は、その愚直さに惹かれるものを感じていました。
そして後期、戦術の変更が功を奏しベルマーレは快進撃を始めます。折しも僕は所属していた演劇部で重要な役をもらったり、英語の成績(だけ)は学年トップに躍り出たりして、少しずつ自分に自信が持てるようになっていた頃でした。
見下されるだけの弱小から、一目置かれる存在へ。結局セカンドステージで優勝はできなかったけれど、それまで馬鹿にしていた奴らを見返すには十分すぎる健闘を見せたベルマーレ。そして僕は、いつしかその姿に自分自身を重ね合わせるようになっていました。チケットは取れなくて、平塚は遠すぎて、試合を生で見ることはできなかったけれど、僕は不思議とベルマーレの存在を身近に感じていました。
1994年というのは、僕にとって明確な自我が芽生えて以来初めて、いい1年だったと心から笑って終えることのできた年でした。クサい表現をするなら、ベルマーレと一緒に強くなれた1年。それ以来、大袈裟ではなくベルマーレは僕の一部になりました。

あれから16年。うち10年という長い長い雌伏の時を経て、ベルマーレは日本のトップリーグに帰ってきました。ただ、それだけで満足しちゃいけない。ベルマーレも僕も、あの年のように強くなる。そんな決意を胸に、久々に94番のユニを注文した次第です。
もうすぐW杯は終わり、J1リーグが再開されます。中断前は腰痛でスタに行けない日々が2か月近くも続いてしまいましたが、その分まで初戦から全力で後押ししていく所存です。
湘南の暴れん坊の矜持を、どこよりも強い我々の思いを、見せてやろうじゃないですか。

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posted by ネリ・マクミン@8ゲ at 00:58| Comment(0) | ベルマーレ-よもやま | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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